『昨日までの世界』 ジャレド・ダイアモンド 著
昨日までの世界
来年は冬季オリンピックとワールド・カップが開催される。こうした国際的なスポーツ大会になると、どの国でもナショナリズムが高揚する。ナショナリズムはその国の国籍を有しているだけで参加できるため、普段、社会のコミュニティから隔絶された人ほど熱くなる。現在の先進国で右派勢力が台頭している背景には、孤独な現代人の増加がありそうだ そんな現代社会と対峙する社会として、著者が今回取り上げたのが 「昨日までの世界」 と称される伝統的社会だ。伝統的社会とは、小規模集団社会や部族社会・首長社会のことで、今も世界の随所で見られる そんな伝統的社会は人類がチンバンジーと分化した600万年前から存在し続けてきた。人類社会に国家が誕生したのが今からおよそ5000年前だから、人類の歴史を1年にすれば、普段、私たちは12月31日の6時頃に誕生した社会で暮らしていることになる。伝統的社会は本書のタイトル通り、つい昨日まで続いていた社会ということになる 著者は伝統的社会は人間社会の築き方について数多くの自然実験を行った結果出来上がったとする。そのため、伝統的社会には我々が学ぶべき解決策が数多くあると説く。著者が長い時間を過ごしたニューギニアでの見聞を中心に伝統的社会と現代社会の対比が行われる。取り上げられるテーマは土地の境界の扱い、紛争の解決方法、戦争、子育て、高齢者の扱い、リスクへの対処法、宗教、言語、食生活と多岐に渡る 本書を読み進めて行くと、私たちは伝統的社会と現代社会の対比から、否応なく国家という存在を意識することになる。国家により私たちは見知らぬ他人に恐怖を感じることがないし、個人的な紛争が戦争に発展することもない。仮に戦争になっても現代社会の戦争は専門の職業軍人が行うため、一般人が戦闘に参加することはなく、職業軍人の死亡率も伝統的社会より遥かに低い。食糧不足から幼児や高齢者の生存が脅かされることもないし、ささいな病で命を失うこともない だが、その反面、私たちが失ったものも数多くある。社会的な繋がりの喪失により、孤立・孤独を感じる人が増え、不安を感じる人が増えている。そのため宗教の役割が変化し、宗教が社会の紐帯となっている。他人から被害を受けた者の心情は癒されず、社会における人間関係の回復がなおざりにされる。私怨による報復や戦争が禁じられたため、人間の自然な感情が抑圧される。子どもたちの学びでは自律性が育たない。多様な言語が消滅することで過去の歴史や文化は継承されず、それは時に民主主義させ危機に陥れることになりかねない。誤ったリスクへの認識による被害の恐れや、食生活がもたらす非感染性疾患により命を失うことも増えた 著者は本書の最後で、伝統的社会から私たち個人が学び、今からすぐに実践できることを提案する。また、社会で取り組むべき事柄についても提言を行っている。伝統的社会は陸上競技における周回遅れの走者のように、気がつけば現代社会の先頭を走っているのかもしれない 「昨日までの世界」 上・下巻 日本経済新聞社・刊 |
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