野中郁次郎氏の提言


日経ビジネスの2020年9月14日号に一橋大学名誉教授の 野中郁次郎 氏のインタビュー記事が掲載されていた。個人的な備忘録を兼ねて要点をまとめておく。

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野中郁次郎氏


1990年代の不動産バブルの崩壊から、かれこれ30年の長きに渡って「失われた時代」が続いている。野中郁次郎氏によれば、その原因は行き過ぎた分析主義にあると言う。何事も理論が優先されて、過剰分析「オーバーアナリシス」、過剰計画「オーバープランニング」、過剰法令順守「オーバーコンプライアンス」に陥ったためだ。

日本の会社は戦後の一定時期までは経験主義や暗黙知をベースにした経営をしていた。未来に向けた筋書きを社内の全員が共有し、社員一人ひとりが自主性というリーダーシップを発揮し、上位者からの特段の指示や命令がなくても、自律分散的に試行錯誤しながら前進していた。

そこへアメリカ式の合理的な経営手法が持ち込まれる。MBA(経営学修士)がもてはやされ、PDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルといった手法は科学的で合理性を備え、曖昧さを排除し、理路整然として美しかった。企業のエリート層や幹部階層ほど魅せられたのだろう。泥臭い現場主義や、データにより説明できない暗黙知といった知見は徐々に軽視されてゆく。

そうした最中の90年代に不動産バブルが崩壊し、自信を失った日本企業はますます合理主義的経営に過剰に適応してしまう。それが先の3つの過剰を招いてしまい、人間の持つ野性味、臨機応変に決断・実行する実践的知恵が劣化してしまった。


野中氏はこうした危機を脱出するには人間の生き方を問う経営が必要だと説く。「あなたは、この先、この会社で働きながらどんな生き方をしたいのか」という目的が根本にない経営は空理空論であると言う。数値がすべての経営ではなく、社員一人ひとりが自分の生き方の「物語」を語り、互いに「共感」しあう経営が求められている。

人工知能の時代だからこそ、人間に特有な「共感的リーダーシップ」(エンパセティック・リーダーシップ)が重要であり、人々の共感を得るには人間の生き方といった哲学、根本原理が欠かせない。それがないと、どんなに分析的にきれいな戦略を描いても実践が伴わない。

野中氏はこう唱える。組織的な知的創造のためには共感を前提に、知的なやり取りを積み重ね、ひらめきを言語化しコンセプトにする。一人ひとりの内にある暗黙知を言語化するプロセスをチームの対話で膨張させ、そこに様々な形式知を組み合わせ、理論や物語にする。

集団で共感を得る手法は日本の会社の組織風土と相性が良いのではないだろうか。また野中氏がここで理論に加え「物語」と語っているのは意味深だ。「共感」を得るには頭で理解する理論だけではなく、心で感じる「物語」も有効だ。


昨今は日本的な経営手法と決別する手法として、ジョブ型雇用 が注目されている。ジョブ型雇用を取り入れるには、あらかじめ職務内容や責任の程度を明らかにした「職務記述書」(ジョブ・ディスクリプション)が欠かせない。ジョブ型雇用は仕事ごとに賃金が決まり、同一労働同一賃金 も実現できる。仕事によって賃金を決めるというやり方は、人間の評価という主観が入らず、客観的で合理的と言える

だが職務記述書のような書類ではその人の生き方を問うことはできない。職務記述書に頼った経営は、またも西洋式の合理性に過剰適応する事態を招いてしまう恐れはないだろうか

グローバルな時代だからという理由で西洋式な経営に追随するのではなく、逆にグローバル時代だからこそ、日本的な経営手法への回帰を模索する、あるいは日本の組織風土という体質や歴史文化的背景を土台に、合理性を加味した経営スタイルを打ち立てる、そんなアプローチもあってよいのではないだろうか



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2020/11/27に新装版発売予定



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