『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』 内田洋子著


この物語は冬のイタリア、ヴェネツィアから始まる。細かな雨が降り続け、昼過ぎなのにあたりの景色は無彩色に沈んでいる。ミラノを拠点にジャーナリストとして活動している著者は、ヴェネツィアのサンマルコ広場での要件を終え、足早に駅に向かっていた。


いつもの抜け道を歩いていると、路地の奥まった建物の外壁に沿って設置されているショーウィンドウが目に入った。中を覗いてみると多数の本が並んでいる。どれも珍しい1点ものの古本ばかりだ。店に入ると本の山に囲まれているまだ若い店主が仕事を一区切りつけ、店を案内してくれる。ヴェネツィアにまつわる歴史や文芸、政治、宗教、芸術など多方面のジャンルの本が揃っている。店主が常連客とのやり取りからお目当ての本を探し出すのを見て、ただ者ではないと直感する。


数年後、活動拠点をヴェネツィアに移した著者は例の本屋、ベルトーニ書店に何度となく足を運び、時間を気にせず気に入った本を選ぶ暮らしに満足していた。やがてこの書店は著者が仕事をする上での水先案内人になり、知恵袋になってゆく。取材で調べ物が必要になると店主のアルベルトに相談するようになり、その都度、期待を裏切らない対応をしてくれた。


週末にはアルベルトに替わって引退した先代の店主である父親が店番を務めにやってくる。新参者が店を構えるのが難しいサンマルコ広場近くで営業しているから、さぞかし老舗なのだろうと思っていると、現在の店主、アルベルトは4代目だという。開業当初の曽祖父はトスカーナ州からの移住者で、原点はモンテレッジォという山村にあるという。老店主によれば、モンテレッジォでは代々,他の場所へ物売りに行くものと決まっており、売る物がなくなると本を売り歩き、生計を立てるようになったという。そして彼等によってイタリア各地に書店ができ、国中に本を読むことが広まった。今でも村では本を主役にした夏祭りが行われている ・・・


著者は突拍子もない話に理解がおぼつかない。山奥の出版社も印刷所もない村の稼業がなぜ本の行商なのか、本をどこから仕入れ、誰に売ったのか、疑問が沸き上がり、ネットであれこれ調べてみるものの詳しい資料は見当たらない。老店主からは自分も祖先のことはよく知らないので村を訪れ、その様子を聞かせてくれないかと頼まれる。安請け合いしたものの、そこは簡単に行けるような所ではなかった。ウェブサイトに載っている担当者に連絡をして、何とかモンテレッジォに向かう手はずを整えた。


本書はモンテレッジォというイタリアの山奥で、本を届けることに命を懸けた人たちの物語だ。著者によるルポルタージュであり、また時として紀行文やエッセイ、小説にも様相を変える。数ページごとに見開きのページ半分を使って著者の手によるカラー写真が挟み込まれ、著者と一緒に旅をしている感覚に捉われる。




モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語


著者は村の関係者や数少ない定住者、夏の村祭りに合わせて帰郷した人たちから話を聞いてまわる。話は紀元前に遡る村の生い立ちから始まり、周囲の山脈や眼下に広がる海、古代ローマやビザンチンの時代、中世の貴族領主、教会、近くを通る聖地巡礼の道、異教徒の侵攻、ナポレオンの支配、イタリアの統一運動、そして2つの世界大戦へと続く。残された建物や遺跡を案内してもらい、保管されている資料を見せてもらう。


当時の人々がなぜ本を売り歩くようになったのか、どのように本を売って歩いていたのかが少しずつ見えてくると同時に疑問も湧いてくる。村を幾度となく訪れるうちに、村人たちが本の行商を始めるきっかけとなった1800年代初頭の出来事や、義務教育制度ができる前の文字の読めない人も多かった時代にどうやって本を売っていたのか、行商人たちが実際どのように本を届けていたのかといった謎が少しずつ明らかになっていく。


取材の対象は付近の村々にも広がり、ダンテも訪れたというムラッツォ村、活版印刷所があったというフィヴィッツァーノ村も訪れる。また村人たちが売り先の地で開業した書店で、今も営業を続けているノヴァラのラッザレッリ書店、ビエッラのジョヴァンナッチ書店にも足を運ぶ。


やがて著者は過去に伸びる根を手繰り寄せ、何世代にも渡る名もなき行商人たちの物語を拾い上げ、紹介していかなければという強い想いを抱く。これまで書き残されることのなかった、普通の人々の小さな歴史の積み重なりである。「何かに憑かれたように、一生懸命に書いた」という著者も今を生きる本の行商人と言えるだろう。



「モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語」
内田洋子・著  方丈社刊 税別1800円





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