人事コンサルタントの徒然草子

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS ブックレビュー 「チョコレートの真実」 キャロル・オフ 著

<<   作成日時 : 2008/02/13 12:01   >>

トラックバック 0 / コメント 0

 
バレンタインデーは、日本中がチョコレートを巡って

祭り騒ぎになる。恋人たちにとっては甘いチョコ、

しかしその闇の世界はあまり知られていない。

本書の原題は「ビター・チョコレート」、そうチョコ

には苦い真実が隠されている



もともとチョコレートは今から約3000年前、メキシコ

南部から中米にかけて、オルメカ人によって食され

ていた。当時はカカオ豆から抽出した液体を主食の

トウモロコシに混ぜて食べていた



この地域では紀元1〜2世紀にマヤ文明が出現し、

チョコレートはカカオの水 「カカワトル」 として、マヤ

人に受け継がれていく。そして11世紀にはこのマヤ

文明は消滅し、代わってアステカ人による豪華絢爛

な文明が開化する



              ◇



そんなアステカにスペインは富を求め、兵を差し向け

る。1519年、この地に足を踏み入れた征服者の名

はエルナン・コルテス。1000人にも満たない兵力で

コルテスはアステカ帝国を支配下に置いた



コルテスの見たアステカは驚きに満ちた世界だった。

マヤからアステカにかけてこの地で発展した文明は

当時のヨーロッパをはるかに凌ぐものだった



そうした先進文明国で贅沢品として愛飲されていた

カカワトルはヨーロッパにも持ち込まれ、砂糖や多く

の香料がブレンドされ、チョコレートとしてヨーロッパに

広がっていく。スペインやフランスの宮廷、貴族、メジ

チ家のような裕福な商人階層、文化人、思想家の多

くが好んでチョコレートを飲んだ



ここからチョコレートの悲劇が始まる。チョコレートは高

級品でありカネになる。チョコレートへの需要は高まり、

カカオ産地には増産への圧力がかかる。人手を求め

アフリカから労働者が連れてこられた。忌まわしき奴隷

制度の始まりだ










 

チョコレートへの需要の高まりに合わせ、ヨーロッパで

は新しいメーカーが誕生する。粉末のココアや板チョコ

を作ったバンホーテン、チョコレートを綺麗で可憐なお

菓子に変えたキャドバリー、ミルクチョコレートを手がけ

たネスレやハーシーなどが相次いで登場する



こうしたメーカーの創業者たちは信心深い宗教心をもっ

ていた。果たして彼らはカカオ農園の奴隷制度のことを

知っていたのか、確たる証拠は見当たらない。カカオ産

地はあまりにも遠い存在でしかなかった



やがてチョコレートが市民に普及するにつれ、カカオ農

園の現状が少数のジャナーナリストたちによって明らか

にされていく。『カカオ農園では奴隷制度のもと多くの

人が働かされ、命を失っている』、『メーカーは彼らを利

用し利益を上げている』、非難の声が上がり始めた



メーカーは現地調査を約束、しかし現地の農園管理者

は一筋縄ではいかない。奴隷がいなければ農園経営

は成り立たないのは誰よりも彼が知っていた。チョコ

レートは奴隷制度の産物なのか、健全な管理のもとで

作られたお菓子なのか、疑惑は解明されることなく現

在も続いている



              ◇



やがてカカオ豆の産地は中南米からアフリカのガーナ、

コトジボアールへ移され、奴隷制度もその地に受け継

がれた。アフリカでは貧困が内戦を生み、年季奉公と

いう口実で難民や子供が奴隷に狩り出された



カネを生むカカオにはアフリカの独裁者・軍事政権が群

がり、カカオ・コネクションとよばれる利権構造が作られ

た。そこには汚職、不正な資金流用がはびこり、真実を

知ろうとする者は抹殺された。欧米の政治家たちは声

高に非難を繰り返すだけで、いまだに有効な対策は取

られていない



バレンタインデーに人々が手にするチョコレート、その先

のカカオ農園では子供たちが過酷で劣悪な労働を強い

られている。そんな子供たちがジャーナリストに訴える。

「チョコレートを食べている人は僕たちの肉を食べている

ことになるんだ」



チョコレートの真実
 
 
 
チョコレートの真実 [DIPシリーズ]

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文