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help リーダーに追加 RSS 「名人は危うきに遊ぶ」 白洲正子・著

<<   作成日時 : 2006/12/20 14:42   >>

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     「名人は危うきに遊ぶ」、これは著者・白洲正子が能役

     者・友枝喜久夫に送った手紙に書いたものだ。危険な遊

     びがない所に真の美しさも生まれない、と著者は言う


     友枝は人間国宝でも、芸術院会員でもない。しかし、

     白洲正子にとってはそんなことはどうでもいいことだ。

     自分が好きなものを好きという。世間の評判は関係ない、

     権威なんかアテにしない


     骨董のすぐれた目利きであり、女性で初めて能舞台に立

     った。古典に通じ日本の美を随筆で残してきた。本書は

     白洲正子が自らの眼力にかなうものに光りを当てた随筆

     集だ


           □     □     □


     一身にして男女両性を兼ね備えた奈良聖林寺の十一面観

     音像、天孫降臨の地である高千穂の二上山、浮世絵その

     ものに加え表装が素晴らしいMOA美術館の浮世絵「湯

     女図」。絵ではなく、書として観るようにと言われて贈

     られた画家・熊谷守一の「日輪」


     一方ばっさり気って捨てられるものもある。芝居見物は

     飲み食いしながら見るほうが楽しいのに、お勉強で薪能

     を「拝見」する人々


     日本の道具は人間が使うことに意味がある、使わなけれ

     ば死んでしまうのに、ありきたりな展示をした茶道具。

     拝めないように展示された仏像もそうだ


     秀吉の黄金の茶室は組立家屋の置物の感を免れず、魯山

     人の陶器は料理を盛ってこそ美しいのに、大切にしまわ

     れ生殺しの目にあっている。ちなみに著者は昔500円

     で買った魯山人のごはん茶碗を毎日雑に使っている


     日経新聞のコラム「交遊抄」に寄稿する男性は、友情の

     深さや美しさとは無縁の人たちとわかる。不都合なこと

     を隠しても、おのずから現れるのが文章の怖さである


           □     □     □


     一見自らの好みでありながら、その眼力には確かさがあ

     る。それはどこからもたらされるのか


     現代人は形式を嫌い、内容さえあれば外に現れる形なん

     てどうでもいい、そこに人間の自由があるというが、著

     者は反論する


     「形をしっかり身につけておけば、内容はおのずから外

     に現れる」とし、「見掛け倒しの自由の中に道を失った

     現代人は、もう一度そこへ還って、ほんとうの自由とは

     何であるか、見直してみるべきだと思う」


                   「名人は危うきに遊ぶ」
                        白洲正子・著 


名人は危うきに遊ぶ
 
 
 
名人は危うきに遊ぶ (新潮文庫)

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